ジッポー セカンドモデル

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ジッポー セカンドモデル編

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『父さんはジッポーが好き』ジッポーセカンドモデル編では、

ジッポー セカンドモデルの歴史などを紹介しています。


 私が、勝手にセカンドモデルと呼んでいるモデルは、

ジッポー社が特許を取得した年(1938年)から作られた

モデルです。


 このモデルから、ボディがプレスによって一体成型で

作られる様になりました。

 外側に付いていたひんじも内側に付けられました。

ちなみに、この頃には4バレルひんじになってました。

インサート(中身と言うか火をつける部分)の穴ですが、

このモデルから、片側7個、全14個になります。

(それまで、片側8個全16個)下の写真でお分かりのように、

一番下の穴が、2つになりました。上から3・2・2・で7個の

穴になりました。


 何年か前から販売されている1941レプリカは、

細かい所を除けば基本的にはこのモデルの物だと私は思います。

ですから、1938レプリカかな?(あくまで、私の見解です。)




















  1941年の終わり頃になると、アメリカ合衆国でさえも、

 第二次世界大戦の影響で真鍮が不足したそうです。(真鍮は、銃弾の

 薬莢に使用するので不足したんです。

 本来はジッポーは真鍮製です。)で、鉄で作らなければ

 ならなくなったそうです。


  しかし、単純な構造で、耐久性が高かったジッポーは、アメリカ軍に

 認められ、軍御用達となりました。真鍮は錆びないけれど、

 鉄は錆びるので錆び止めで黒塗装をしました。

 (これをブラッククラックルと言います。)しかし、またこれが、

 「戦地で目立たない様にわざと黒色塗装をしてあるんだ。」

 なんていう噂まで流れたそうです。


  このブラッククラックルはGIの友と呼ばれ、兵士達には大評判で

 皆が持ちたがったそうです。


  当時は、軍への生産を優先した為に、ジッポーは市販品が品薄で

 たとえ兵士でも購入できないほどだったんだそうです。

 第二次世界大戦で、耐久性の高さと、どこでも火が点き、

点いた火が消えない事を実証したジッポーは

アメリカ合衆国だけでなく世界中で人気がでました。


 戦争映画で、兵士がタバコに火をつけるシーンがよくありますが、

アメリカ兵はジッポーで火を点けてますもんね。あれは、

事実に基づいているんですよね。でも、私は、黒いジッポーは

映画で見た事無いです。


 ちなみに、戦場へオイル缶を持って行くわけないですから

多分、ガソリンを入れていたんだと想像します。でも間違っても

ガソリンをオイルの代わりに入れないで下さいね。危険です。


と、言う事で、現在までこれだけジッポーが世界の人に

愛されているのは戦争のおかげ・・・・。という事になりますか・・・?

(なんか複雑。な、父さんなのです。)



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